宇宙パトロールホッパ

『宇宙パトロールホッパ』は1965年2月から11月に放映されたアニメだ
東映動画初のSFだったそうだ。
1962年7月生まれの自分は3歳から4歳にかけて見ていた事になる
そんな遠い記憶のため、正式タイトルは思い出せなかった
そればかりか、同世代の友人にはこの作品を覚えている者がおらず
夢じゃないのか?という言葉を少し信じていた時期もある
しかし、ネット文化のおかげで、一気に問題が解決!
ちゃんと現存した作品で、しかも全話入りのDVDまで出る始末
ああ、夢じゃなかったのだな・・・・
そんなDVDを購入して、思いついた時に一話ずつ観て
今日最終話まできたのでブログを書こうと思ったわけです

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そもそも、3歳やそこらの子供の記憶に何が印象深くのこっていたのか
それを確かめたくもあったのです。
それは第一話のオープニングから今の自分を引き付けるものでした

https://youtu.be/5S-Wav10bEI

宇宙を飛ぶ円盤の作画の美しさ
そして、そのSEが、当時シンセは無いのでどうやって作ったものかわかりませんが
それは、1956年のアメリカ映画「禁断の惑星」のSEそのもだったのです
円盤のデザインもそれを意識したのは間違いないでしょう
さらに驚くのは、地球は野蛮な星として描かれていて
主役の地球人ジュンは、武装地球人に襲われ重傷を負い
それを助けたホッパ星にサイボーグにされることで命を取り戻し
さらには、地球をホッパ星のようにするために学びたいと、地球に戻る事を拒みます
かくして、宇宙パトロール隊の一員となって活躍するドラマの始まりとなります。

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その後も、物語はあきらかな社会批判や比喩をもって
単純ながらも抗議性の強い物語が続きます
後半、舞台が宇宙から地球へ変わり
タイトルも「宇宙っこジュン」に変わり
物語やキャラクターもぐっと身近なものになります
きっと、宇宙を舞台にした奇想天外な進行に無理が出たのかもしれません・・・
自分的には、圧倒的に前半の方が面白かったのですが

しかし、これも最終回3話に批判精神がよみがえります
公害問題や、過疎地の買収、人権問題などに切り込みます
地球人の敵として現れた首領は、実は地球人であったり

思えば、ウルトラセブンでもサイボーグ009でも
人間社会への強烈なメッセージが込められていました
今とは全然違いますね
そんな作品で育った自分たちは、幸せだったのだと思います。

さて、そんな「宇宙パトロール ホッパ」を3歳の自分はどう見ていたのだろうか?
もちろん、そんな深いメッセージなど分かるはずもなく
「禁断の惑星」を観るのも、もっとずっと後の話。

あるいは、今の自分に向けて、3歳の自分がメッセージを送ったのかもしれません・・・・・・


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終わった・・・

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この数か月の仕事ラッシュが終わりました
もう先月の仕事とか一年くらい前に感じます
さらに5月の仕事とか思い出せない・・・・・

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それでも舞台の仕事は他のどんな仕事よりおもしろい
いや、面白い仕事しかやらないからだろう
バブルの頃はイベントやディナーショー、劇場管理の仕事でいっぱいで
まだこの仕事で食っていける事がメインだった

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でも、バブル崩壊間際にそんな仕事に疑問を持ち
自分しか出来ない仕事、それは主に小劇場の仕事だったが
他の仕事を全て蹴って、こっちの仕事にシフトしたのだ

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おかげでバブル崩壊時のひどい目には合っていない
収入も減ったが、その分時間が出来て
自分の仕事をじっくり考える事も出来た

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そんな今は、結局好き勝手な事しかしていない
そんな我儘が受け入れられる現場でしか仕事をしていない
それはCGの方もそうなのだが・・・

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自分の仕事は独自過ぎて手伝う人もいないので結局一人、
最近は同世代の同じ考えの仲間が出来始めたけど
それでも、身体はひとつなので、どの団体も自分のスケジュールに合わせてくれる

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こんな自分の仕事を欲してくれる事は、なんだかんだ言ってありがたい事で
なので、合間を縫って受けてしまう
そんなこんなで、この数か月は大変な事にもなってしまったわけです

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この期間に、なんと55歳ににもなってしまいました
はい、まだおめおめと生きている
つーか、若い時より数段上の仕事でしかも忙しい・・・・

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まぁもとより、今の時代に老後なんか在るわけもなく
死ぬまで元気に働くつもりだが
老いてゆく身体に反して、苛酷になっていく仕事に追いつけるよう
いろいろと考えないといけないね。

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でも、この期間にエヴァの照明に手を入れられたのは大きい
ずっと気になっていた事だし、
時間が出来たら手を付けようなんて最初は思ってましたが
そんな事言ってると、寿命がきちゃうからね!と
まったく回収のめどはありませんですが・・・

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それから、PAのためにデジタルミキサー購入に踏み切ったのも良かったかもしれません
ずっと使ってなかった音の感性の部分が刺激されて
それは色々な所に飛び火してくれそうです
これも、また新しい事のひとつ

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これらは、これからの仕事にまた新しい表現を生んでくれると信じて・・
とりあえず、今は体力の回復につとめます
道場もすぐに復帰したい所ですが
起きるのも一苦労な状態ではとても無理なので
まずは、気功~太極拳からやり直していきます。

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あ、テルミンもありますよ~
忙しい時期は過ぎましたが
仕事はまだまだ続きます
まだまだ前へ前へ!

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門司市文化会館

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九州から帰って来ました
今回は2ステージ
その1回目の「門司市文化会館」
昭和33年に建てられた古い劇場
これは、もう2度と行くこともないであろう劇場の記録です。

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昭和33年、開門海底トンネルが出来きるとほぼ同時に作られた小屋です。
こけらおとしは、「長谷川一夫一行公演」
エントランスには、当時の写真と説明書きが展示されています

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古い劇場にはデザインの凝った照明器具(舞台照明ではない)があり
ここも、入り口外と、二階へ上がる階段の上に品の良い照明器具がありました

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客席は一階席と、バルコニーのある二回席
浅草にあった常盤座を思い出します
まぁ常盤座は戦前からある小屋なのでちょっと比べるものなんですが・・・
ちあみに、常盤座には取り壊し前に二回、仕事で入りました
開かずの間や、1人で絶対に行かないでくださいなキャットウォークなどがありましたね。

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16mmの大きな映写機
実は、16mm映写機の免許を持って居て
もう使い方忘れましたが、懐かしさを感じます
でも、電源はトライダックではなかったな・・・
こっちの方が上手です。

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オペ室は、映写機と同じフロアー二階席の下にある
でも、当時はフロントの場所にあったはずだから
これは後から改修したものだと思われる
昭和33年だと、まだ水抵抗だった可能性もあるね

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舞台の奥行きがあるのに、照明サスが一本
これはどうやって使ったんだろうか?
今回は、奥のバトンに仮設で照明をふやしたので
舞台前面を明るく出来たが
もしや、舞台中には背景幕を吊って
バックステージにしていたのかと思いきや
所作台が開設当時のもので前面あるとのことだったので
やはり、舞台は前面アクティングエリアだったものと思われる

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西城秀樹がステージで、ホリの色が歌っている最中に変化して驚いたなんて話もあるので
昭和33年では、照明の変化はなかっただろう
電気以前は世界のどこでもロウソクで
舞台下からのあおり照明で
電気になってからも、舞台面のフットライトがメインだった事を考えると
フットだけで顔は照らせたのかもしれない
まぁ今の照明とは考え方がまったく違うので
そこは想像するしかない

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ちなみに、かまちは石でできている
これは、もちろん釘なんか打てないよね〜
舞台の高さも最前列から見ると見上げるような高さ
舞台奥に立つ人は、腰から上しかみえない
このあたりも、当時と現代の舞台表現の差からくるものだろう。

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昭和に流行ったエレベーターマイク
日本中をわらわせた漫才のネタを呼ぶために
これまた日本中の劇場がエレベーターマイクを設置した
しかし、流行り過ぎればなんとやらで
これが使える劇場に出会ったことはない
しかし、ここではまだ生きているそうで
ぜひ、動作しているのをカメラに収めたかったが
電源が入って居ないため、叶わなかった。
ちなみに、コードの端子はタジミコードだった・・・・

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フロアに回路増やしたり、反響版を設置したりと
狭いスノコはバトンでひしめき合っているが
さすがに取り壊しが検討されているそうで
耐震構造なんて問題を出されちゃもう反対できるはずもなく

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いっそ、客席だけ残して〜なんて
この財政難な日本で、余計なお金をかけることもできづ
あっさり、取り壊されて多目的ホールという、
何にも使えないホールになってしまうんだろうなぁ〜

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さて、明日は明後日からの静岡仕事の準備で忙しい
週明けにはこの劇場のことも忘れてしまうかもしれんなぁ〜

北九州にて・・・

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昨日、横須賀芸術劇場が終わったばかりですが
もう今日は北九州に居ます。
飛行機であっというまのフライト
劇場に夕方着いて、3時間ほどで照明を仕込みました
明日は、11:00から本番です。

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劇場はえらく古い
昭和33年にできたというから、そうとうな古さだ
もちろん、いろいろ手直しされてはいるが
ご多聞に漏れず、ここも照明音響に関しては大きな直しはされていない
この広さでサスが一本、
さすがに無理!そう思い、一度全部バラしてから仕込み直し
さらにバトンに仮設釣り、ウエイト限界まで積んで飛ばす
結構ハードに仕込みました
明日のバラシと現状復帰が大変・・・・・

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ホTルは八幡
八幡といえば、自分たちの世代なら八幡製鉄所が思いつく
しかし、今はスペースランドという遊戯施設になり
当時の製鉄所の一部が展示物として残るのみです

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いつものように1人フラフラと散策するも
驚くほど何もない・・・・
いや、かつてはあったであろう商店街も
今は無残な姿で草に埋もれる・・・

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製鉄工場全盛時にはさぞかし賑わったであろう街も
今はまったくその面影なし・・・・

さて、今日はすこぶる眠たいのでもう寝ます・・・・

パルク終演!

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最大の山場、パルクが終演しました。
自宅へ帰り、ほっとしているところです・・・
実際のところ、いろいろミスしてしまって、なんとも申し訳ない感じなのですが
もうこれが限界〜な自分を知った気がします。

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ちゃんと、ひとつひとつの舞台を大事にする意味でも
あんまり忙し過ぎる事のないようにしなくてはと思っております。
関係各所の方々、いろいろありがとうございます。

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それでも、拍手は近年聞いた事のないほどの拍手で
まさに割れんばかりの拍手なのでありました
それは、とても良い事です
励みになります。

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導入したデジタルミキサーは本当に良いかいもので
今までにないほど音を素早く操作でき
かつ、記憶していけるので、データの蓄積が次に活かせる
今日のデータは今週末の静岡で、早速活かしてみるつもりです
これが生きれば、本当に真価がわかるというものです。

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そして、今回は照明さんの紹介で PAの方にも入っていただきました
この新作パルクで、音響、映像とPAをひとりでオペは絶対に無理
やはり、やるからには良いものを提供したい
その結果は、とても刺激になる仕事でした
自分とは違う音価値観、お互いさぎり合いながらの仕事は
このパルクを音から新しいものにもしていたと思います。

まずは、まずは、お疲れ様です。

そして・・・・明日は九州に飛びます!
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妄想と現実の間を漂って暫し。そろそろ折り合いを付けたいお年頃。

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